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● <ハワイの王族ープリンセス・カイウラニ>

 1月からハワイの歴史に登場する王族達について書いて
います。詳しく書くと、人の名前や戦地、土地などがたくさん
出てきて非常にわかりにくいので、ここだけを知っておきたい
というポイントだけを簡単にまとめます。

 あえて、人の名前など覚えにくいものはここに記述しません
ので、興味をお持ちになったら関連の伝記などをお読みになる
ことをおススメします。



  ∴‥∴‥∴‥∴

 1.ヴィクトリア・カイウラニ・カラニヌイアヒラパラパ・
カヴェキウ・イ・ルナリロ・クレグホーン

 ハワイアンの母、プリンセス・ミリアム・リケリケと
スコットランド人の父親、アーチボルド・スコット・クレグ
ホーンから生まれたカイウラニは、ハワイ王国の王座に座る
べく生まれたプリンセスでした。

 1875年10月16日生まれ。伯父のカラーカウア王が王位に
就いた翌年のことです。カイウラニはクリスマスの日に
聖アンドリューズ大聖堂で洗礼を受けましたが、そこには
ゴッドマザーとしてルス・ケエリコーラニが立ち会いました。
カイウラニのクリスチャン・ネームは、ハワイ王国と親交の
あったイギリス帝国ヴィクトリア女王から取られたもの
でした。

 「カイウラニ」とはハワイ語で「天の最も高いところ」
「崇高な王族」を意味します。

 彼女は生まれたときにプリンセス・ルスよりワイキキの
アイナハウの敷地を与えられ、プリンセス・ルスが亡くなると
11才でその邸宅を相続しました。


 1881年にカラーカウア王は世界一周の旅に出ますが、
日本を訪問の際、山階宮(後の小松宮)とカイウラニとの
縁談話を明治天皇に持ちかけます。しかし、山階宮には
許嫁がいたため、この話は実を結ぶ事がありませんでした。

 後にリリウオカラニ女王から、リリウオカラニの甥の
プリンス・デイヴィッド・カワナナコア、ジョナー・
クーヒオ、小松彰仁殿下(山階宮の兄)の中から夫となる
べく人を選ぶように手紙が来ますが、これに対し、
カイウラニが「愛のために結婚する」と答えた事はよく
知られる話です。

 ハワイがアメリカの領土となる1898年、カイウラニは
デイヴィッド・カワナナコアとの婚約を発表しますが、
彼女は結婚を待つ事なく23才でその生涯を閉じます。


 2.イギリス留学と王国の崩壊

 カイウラニは1889年、13才と言う若さでイギリスに
渡ります。子供に恵まれなかったカラーカウア王夫妻、
リリウオカラニ女王に次いで、王位に就く事が確実に予測
されたので、その準備としての教育を受けるためでした。

 最初は1年だけの予定がカイウラニはイギリスで4年間
過ごすことになります。ラテン語、文学、数学、歴史、絵画、
フランス語、ドイツ語とどの分野においても成績優秀な生徒
でした。

 しかし、1893年ハワイ王朝が崩壊。イギリスにいる
カイウラニの元にもそのニュースが届き、カイウラニは
アメリカのワシントンに抗議に行きます。

 「70年前にキリスト教国アメリカはハワイに宣教師と宗教、
近代文明を送ってきました」で始まるカイウラニの宣言文は
映画にも使われた通り、その宣教師の息子達がキリスト教
精神に反するやり方で国を奪って行くことに言及し、人種差別
の残るアメリカ人の中にあって、心の広い知識層や
ジャーナリストなどにエレガントな文明国のプリンセスと
いう印象を与えました。

 カイウラニの努力も空しく王国復活の動きは起こらず、
カイウラニはその後深く沈み込みます。

 崩壊翌年の1894年には幼い頃交流のあったイギリスの作家、
ロバート・スティーブンソンが他界、腹違いの妹アニーや
イギリスの家庭教師などを次々と亡くしました。

 カイウラニは目を患い、偏頭痛を伴うようになります。
数々の症状から彼女は甲状腺の病気を患っていた事が推測
されます。

 1897年、カイウラニはハワイに戻りますが、彼女の健康が
回復する事はなく、そのような中で1898年、ハワイは
アメリカの領土となります。

 リリウオカラニ女王や王族達は喪服に身を包み、アメリカ
領土化の式典がイオラニ宮殿で行われる中、リリウオカラニ
女王の私邸であったワシントン・プレイスに集まり、
静かなる抗議をしました。

 同じ年、カイウラニはハワイ島で乗馬をしている際、嵐に
見舞われ、高熱と肺炎を起こします。彼女はオアフ島に
戻されますが、その後も回復に向かう事なく1899年3月6日、
23才の若さでこの世を去りました。

 そのとき、カイウラニの飼っていた孔雀(ピカケ)が
けたたましく鳴いたと言われます。


 ハワイの少女達は誰もがカイウラニの話を聞いて育つと
言われます。メレ、オリ、フラに踊られる事も多く、今でも
ハワイの人達に愛されているプリンセスです。


 映画の中でのストーリーには事実と違うところが出てきます
が、付録として付いている特別企画には歴史やハワイの人々の
声が含まれています。ぜひ、一度ご覧になる事をお薦めします。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


<次号予告>

 さて、次回はハワイ州の祝日にもなっているプリンス・
クーヒオをお届けします。


 どうぞお楽しみに♪


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