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● <ハワイの王族ーカメハメハ4世>

 先月からハワイの歴史に登場する王族達について書いています。
詳しく書くと、人の名前や戦地、土地などがたくさん出てきて
非常にわかりにくいので、ここだけを知っておきたいという
ポイントだけを簡単にまとめます。

 あえて、人の名前など覚えにくいものはここに記述しません
ので、興味をお持ちになったら関連の伝記などをお読みになる
ことをおススメします。



  ∴‥∴‥∴‥∴


 1.カメハメハ4世

 カメハメハ3世が亡くなり、後を継いだのが、アレクサンダー・
リホリホこと、カメハメハ4世です。父親はオアフ島高位首長の
マタイオ・ケクーアナーオア、オアフ島知事でした。母親は
プリンセス・エリザベス・キーナウ、カメハメハ2世の正妻の
カマーマルの姉妹で、やはり妻、そして後にクヒナヌイになった
人です。

 だんだん混乱してきていませんか?

 さて、この二人の親には5世を名乗ったロットが長男として
いましたが、アレクサンダー・リホリホはカメハメハ3世が
養子として、法によって後継者とし、王子として育てたのです。
そのような背景から兄のロットよりも先に王位に就きました。

 1834年生まれ。カラーカウア王よりも2歳年上、ルナリロ王の
2歳年下です。カメハメハ1世の孫に当たり、アメリカ人の
宣教師達が教鞭を振るったロイヤルスクール(王族学校)で
教育を受けました。14歳の時には既にそこを出て、法律学校に
進みます。そして、15歳のとき、兄のロットと一緒にイギリス
アメリカ、パナマなどを訪問します。

 2.アメリカ嫌い

 1850年、リホリホの誕生日をパリで祝い、二人の王子は
フランスの皇帝ルイ・ナポレオンやイギリスのアルバート王子と
会いました。その後、5月にアメリカのワシントンDCを訪れます
が、この時、黒人と間違えられて列車から降ろされそうになる
という人種差別を受けたのです。

 その後、付き添いを務めたジェレット・ジャッドの知人との
晩餐会で「黒人」呼ばわりをされて、無礼な扱いを受けます。

 この一連の事件は、二人の若い王子達が後年変わることが
なかった、アメリカを嫌う気持ちを持たせてしまいました。
代わって、イギリスびいきとなって行くのです。

 3.王位後継

 カメハメハ3世が亡くなったのは1854年の12月。カメハメハ
4世として叔父の後を継ぐことを誓いました。
彼は若干20歳の青年でした。

 その1年後に王族学校の頃から一緒だったエマ・ルークを
妻として迎え入れます。エマはカメハメハ1世の曾孫(姪)
にあたり、カメハメハ1世のイギリス人アドバイザーでもあった
ジョン・ヤングの孫でした。

 1858年に、夫妻はたった一人の王子を授かり、プリンス・
アルバート・エドワード・カウイケアオウリと名付けられます。
イギリスのヴィクトリア女王がアルバート王子の洗礼式の際に
ゴッドマザー(名付け親)となりました。

 たった一人の王子でしたが、4歳で夭逝します。カメハメハ
4世は、王子がかんしゃくを起こした時に落ち着かせるため
冷たいシャワーを浴びさせたことを自責し、それが王子の死を
早めたと悔やんだと言います。
 
 4.アメリカの影響に抵抗した王

 カメハメハ1世の頃のハワイには35万から40万人(統計の
取り方によっては100万という数字も)のハワイ民族が住んで
いたと言われていますが、ジェイムズ・クックの接触以来、
その数は劇的に減少して行きました。

 それとは対照的に、宣教師達の子孫や移民などアメリカ人の
人口が増えていました。

 カメハメハ4世は、アメリカがそのうちハワイを手中に収める
のではないかと恐れ、先代の時代に提案されたアメリカ併合は
ハワイ王国の終焉を意味すると考えて、アメリカ併合の代わりに、
貿易、関税などを含む相互条約を結ぼうと考えました。

 この動きは失敗に終わりましたが、アメリカにばかり偏らない
ようにイギリスや他のヨーロッパ諸国との関係を求めました。

 5.カメハメハ4世の遺産

 カメハメハ4世とエマ女王は、ハワイ民族に質の良い医療と
教育を与えることに専念しました。二人は募金活動を行い、
クィーンズ・メディカル・センターを設立します。この病院は
今日、世界でも最先端を行く医療設備を整えています。

 アルバート王子が亡くなった後、カメハメハ4世は悲しみと
自責に悩み、世捨て人のようになり公共の生活から身を引き始め
ました。

 王子が亡くなった翌年、数年患った神経性疾患とぜんそくの
ために29歳の若さでこの世を去りました。

 カメハメハ4世は英国国教会の礼拝用祈祷文をハワイ語に
翻訳した人でもあります。

 また、夫妻はエピスコパル派の大聖堂、聖アンドリューズを
創設する手助けをした人々でもあります。

 カメハメハ4世のお葬式には、800人の子供や教師達が
さよならを告げにきたとのことです。彼は彼の息子のアルバート
王子と共に、マウナアラの王家の霊廟に葬られています。


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<次号予告>

 次はカメハメハ4世のお妃様、エマ女王を取り上げる予定です。
どうぞお楽しみに♪



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