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オアフ島

● 今週のトピック <オアフ島>
 

 ハワイの島シリーズ、4週目はオアフ島です。

  ∴‥∴‥∴‥∴


 1.オアフ島

 『ザ・ギャザーリング・プレイス(人の集まるところ)』のニックネームを
持つのがオアフ島。ハワイ諸島の中では3番目の大きさです。州都のホノルル
は、同時にホノルル・シティ郡の中心にもなっています。

 ハワイ総人口のおよそ70%がオアフ島に居住し、その4割はホノルル地区に
住むと言うのですから、いかに人口密度が高いか分かりますね。

 オアフ島ホノルル、ワイキキはほとんどの観光客がまず最初に来るところ
ですし、ハワイ州の政治経済の中心でもありますので、オアフ島に付いて
語ろうと思えば、本が一冊書けてしまいます。ですから、今回もメレの世界で
の簡単な特徴をお届けします。


 オアフ島の最高地点はワイアナエ山脈のカアラ山。1,225メートルです。
オアフ島の成り立ちに付いては、10月18日発行の第5号「ハワイ豆知識」で
コオラウ山脈について取り上げましたので、そちらをお読みください。

 オアフ島の花はご存知イリマ。色は黄色です。



 2.オアフ島をハワイアンが呼ぶ時は

 Ke One Kaulana O Kakuhihewa(ケ・オネ・カウラナ・オ・カークヒヘヴァ)
「カークヒヘヴァの有名な土地」。

 カークヒヘヴァはオアフ島第15代の王様です。オアフ島を統一して平和で
豊かな時代をもたらしたことで知られています。また、その王としての紳士的な
性格から、他の8つの島の人々からも好意を持たれていたようです。

 16世紀中頃から17世紀にかけて活躍したようで、その生まれは、神聖な
クーカニロコです。

 若い頃には王として要求されるすべてのものを習得し、その腕の良さは
遠くに飛んでいる一番小さい鳥でさえも弓矢で撃ち落とすことができたと
言われています。

 また弓矢は彼の得意とするところでしたが、武器として使うのではなく
もっぱらネズミを射ることに使われたようです。


 3.オアフ島の歴史

 オアフ島も、ハワイの他の島々のように、ワケアの子孫と言われています。
最初のアリイ・アイモクがクムホヌア。12世紀から14世紀とその年代は
不詳ですが、その後、カクヒヘヴァを含め代々のアリイ・アイモクに継がれて
行きます。

 その後、第24代のアリイ・アイモク、カハハナの時代の1783年にオアフは
マウイのカヘキリ軍に征服されます。カヘキリは彼の息子のカラニクプレを
オアフの王に君臨させますが、1795年カメハメハ1世に破れます。

 これが有名なヌウアヌの戦いです。

 そして、もう皆さんご存知のカウアイ島の王様カウムアリイの王位譲渡に
よってカメハメハ1世はハワイ諸島を統一します。

 コハラ出身のカメハメハ1世。2世は首都をラハイナに持って行きますが
カメハメハ3世の時に都を永久的にオアフ島に移します。

 カメハメハ4世とエマ女王は「夏の宮殿」をヌウアヌ・バレーに、そして
「陽気な王様」カラーカウア王は現在の「イオラニ宮殿」をホノルル・ダウン
タウンに完成させました。

 カラーカウア王の死後、妹のリリウオカラニが王位に就く頃には、アメリカ
からの宣教師達の子孫も増え、反王政派の力が強くなり、リリウオカラニの
女王就任の2年後に王朝は崩壊します。

 1882年の宮殿完成からたったの11年後でした。

 その後ハワイは1898年にアメリカ合衆国の領土となり、1959年にはアメリカ
の50番目の州になります。

 
 オアフ島は農業、プランテーションの発達とともに中国や日本を始め多くの
国から移民が流入し、人種のるつぼとなっています。このプランテーション
移民の使った言葉がピジン英語となり、独特の文化を築いているのです。

 カラーカウア王の時代から注目されていた観光業がオアフ島のメインの産業
であることは、もう皆さんもご存知でしょう。タロイモ畑や養魚池があり沼地
であったワイキキ、王族の避暑地でもあったその土地は、20世紀に入り開発の
手が入り、観光地として様変わりさせて行ったのです。


  
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<次号予告>

 次号はマウイ島に移ります。今年のメリーモナーク、ミス・アロハ・フラ
はマウイ勢が大活躍でしたね。マウイ島の人達のフラって、それなりに独特
のものもあるんですよ。気質が関係しているのでしょうか?

 どうぞ、お楽しみに♪


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RE:RE:RE:暮らし

なるほど瞬く間って納得ができます。そうですよね。神様だらけ。お天道様に常に見られてるところからです(笑)真っ当に正直に生きる。です。

Re: Re.暮らし

昔のハワイアンの宗教はカプー制度がかなり厳しかったので、キリスト教の布教というのは瞬く間だったようですよ。ハワイは今では本当にキリスト教国、と言わんばかりにクリスチャンですよね。だから、本当に古代の宗教に則ったフラに帰って行くと、キリスト教との矛盾がでてくることがある、と聞いたことがあります。方や一神教、古代ハワイは日本のようにあらゆるところに神がいますからねえ。

Re.暮らし

キリスト教になった時のショックは大きかったでしょうねぇ....。
その時、歴史的瞬間などの思いをタイムトリップして話を聞きたいし見たいですね。
だからクプナ達の話を聞く事が大切ですよね。
それは日本でも同じ思いです。かなりの、おばあちゃん子です。
だれかタイムカプセル作ってくれないかな(笑)

Re: 暮らし

私も前のクムに聞きました。と言っても、クムに聞いた質問はハワイが「アメリカ」になった時のこと。生活的には既に領土の頃からアメリカ的になっていたので、別に何も変わらなかったと。それよりもカメハメハの時代に土地が持てるようになった時、宣教師にフラを禁じられたとき、こういう時の方が大きな変化だったんじゃないかと思います。もちろん、カプーが廃止されてキリスト教になった時とかも。残念ながら、その頃の様子を知る人って、生きていませんしねえ・・・。

暮らし

アメリカの領土になってからのハワイアンの暮らしはどうだったのでしょう.....
知りたい事がわんさかですね
クムへの質問がまた一個増えました♪
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